中野古銭額 

中野古銭額

▲中野古銭額 52,500円 縦35×横65cm紙幣額Cと同一寸法

NKG-01   

本品は創業20余年の当社が、額の中の古銭固定の仕方、古銭の選別などに総力を結集し、 平成
元年に 完成しました。A数千年前5個、B古墳・平安・戦国時代21個、C江戸時代11個、 D明治〜
昭和・平成30個、 合計67個の本物の古銭が、あなたに語りかけています。
最下段の2つの空白はお客様所有の古銭を入れていただくスペースです。

紀元前2千年頃は、穀物・農具・千魚などが物々交換されていました。紀元前1600年頃、 貝貨
(ばいか)6千円、子安貝が貨幣の初めとして出現しました。貨・財・貯などお金に 関係ある漢字に
貝の文字が使われいるのはその名残りです。 魚幣(ぎょへい)2万4千円 紀元前1120年には魚
の形をした金属貨幣が現れました。以下は大切なものを形象化した 金属貨幣です。布幣(ふへい)1万円、鍬(くわ)の形をし、上部に棒を通すと鍬になります。
布とは昔、鍬の意味でした。 磐幣(けいへい)1万円「お寺にある磐(叩くと音が出る)の形」
刀幣(とうへい)1万円(農具の形)。鬼面銭(きめんせん)6千円(人間の顔の形)。紀元前 403年中国の春秋戦国時代に円形で中央に穴のあいた金属貨幣、現在私達が使用している 貨幣すなわち 垣字銭(かいじせん)2万円、が誕生したのです。西暦612年開元通宝 (かいげんつうほう)3千円、が造られました。このお金が遺唐使によって日本にもたらせ、 それを手本として日本最初のお金 和銅開珎(わどうかいほう)24万円、が造られました。
その後皇朝12銭が発行されましたが、一般の人は、お金を使う知恵も便利さも知らなかった ので、
あまり流通しませんでした。鎌倉時代になると、経済の発展に伴い、便利なお金が流通 するように
なりました。しかし、当時の日本には流通量に応じきれる量と鋳造技術がありません でした。
それを補ったのが渡来銭なのです。渡来銭は鎌倉時代以降、中国や朝鮮との貿易で 得たお金が、
日本国内でも使用され、独自の貨幣制度はありませんでした。
の古銭は、写真番号と同一で単品売りもしております。




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